ご主人がアラフィフだったころのイギリス留学記の第4回。
50年も生きてきたからと言って、初めてのことに挑戦するのは誰しも不安だよね。しかも知れば知るほど自分の能力不足に気づかされるなんて。
自分で選んだ道とは言え、ご主人、大変だねー。頑張ってねー💕
詳しくは以下のご主人の回顧録読んでね💓
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第4回「時間が解決⁉」
「不安、不安」と嘆いてもしゃあない。目下の最大の不安材料である「MBAって何?」を少しでも解消だ。ってことで、日本語と英語が併記されている参考書を購入。やっぱり日本語で理解した後、英語を読むと理解が進む。調子に乗って、さらには英語論文の書き方の参考書も購入。こっちは殆ど開かずじまいだった(笑)。
青いのは当時のCDプレーヤー
準備の出来不出来にかかわらず時間は容赦なく進む。あっという間に留学の2011年を迎えた。年明け早々に来るはずのバーミンガム大学からのGOサイン(案内通知)がなかなか来ず、チョー心配だったが、やっと3月に届いて「ホッ」と一息。どうやらBMEコースの募集開始が遅れていたらしい。
留学用のPCも新調
当時はかなりスペックが
高いやつだったけど
流石に現在は使えない。
早速、大学のBMEコースサイトで募集要項を確認しながら申込の手続きを開始した。当時のPCに書類のPDFデータが残っていた。懐かしい。概要は下に添付の通り。3月から直前の6月までなんだかんだやり取りをしていた。
ちなみに英語能力の条件であるIELTSは受けていないのでスコアは不明だが、TOEIC800点を換算すると「6.0」くらいらしい。社会人枠の特待生ということで書類上は10週間コースでOKにしてもらえるハズ(ラッキー:笑)。
BME期間中の寮も一緒に申し込めるのは助かる。
大学からの正式な案内がくるまで
大学サイトで授業料や寮費を確認
先輩に聞いていた通り、我の場合は、10週間のBMEコースに加えて、その後の2週間ほどは受入教官による個人指導を受けることになっている。まぁ、留学期間は3か月だから、遊ばせてはくれないということだ(笑)。
大学からの受入れOKの通知と寮の案内
左は我のイギリス到着予定の連絡。
右は当時の為替レート
1ポンド130円(1米ドル80円)。
今は考えられないほどの円高。
授業料も寮も、お酒も
すべてが安かった(笑)
バーミンガム大学への手続きはこれでほぼ完了だ。意外とあっさりできた(笑)。
でも、まだ肝心なことが残ってる。職場の根回しだ。もちろん既に同僚には承知してもらっている。とは言え、それなりの量の業務を押し付けて出かけることになる。やれることは前倒して進めておかないと同僚に負担をかけてしまう。
特に一緒の業務をやっている J 女史には迷惑をかける。ちなみに、この J 女史は英語がチョー堪能で、イギリス好きの強者。
なにがスゴイかって言うと、ロンドンの入管のチェックは厳しいことで有名だが、彼女は入出国の回数が多いので、別室に連れてかれて根掘り葉掘り聞かれることもあるんだそう。「むしろそれが会話の勉強になるから楽しい」と嬉しそうに豪語するほどなのだ。
その他の能力も高い。まだ20代で、しかも美人さんだ。
我が不在でも全然問題なさそうだが、そういう訳にもいかない。不在期間中に予想される仕事を彼女に引き継げるよう資料を作っておく。
まぁ、PC持って行くから仕事しようとすればできないこともない。ただ、BMEでは宿題が結構出るらしい。仕事は緊急事態の場合に限らせてもらう。
そんなこんなで、いよいよ出発の日が近づいてきた。いろいろ不安もあるが、やれることはやった。もう、この期に及んでは、「なんとかなるさ」だ!
つづく
(今回で留学準備編の終わり。次回はいよいよイギリスへ出発だー)
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