2026/04/20

温泉ひとりたび日記 第16回  信州田沢温泉「ますや旅館」2026.4. 2 - 3 (前編)

  こんにちは。ナッツとココです。

 今回は信州田沢温泉「ますや旅館」だよ。島崎藤村ゆかりの宿なんだって。

 でも、ご主人は藤村にはほとんど興味ないよね。前に泊まった湯河原温泉の「伊藤屋」も藤村ゆかりの宿だったんだけど完全スルーだったし。

 まぁ、文化財の建物と温泉が目的だからね。建物もその界隈ではかなり有名らしい。楽しみだね、ご主人💝


  * * *    * * *  


 
 大法寺三重塔(国宝)と
信州田沢温泉 ますや旅館 


 今回の歴宿は信州田沢温泉「ますや旅館」。山あいに木造3階建ての入母屋の建物が3棟も横に並ぶ景観は圧巻だ。


 予習として、まずはその3棟(本館、東館、新館)について文化庁のデータベースを貼っておく。他にも、西棟、土蔵、東蔵が文化財(DBは文末参照)として国に登録されている。




「新館」は正式には「新築」というらしい

以上、文化財データベース(文化庁)より

 建物に加えて、「ますや旅館」と言えば島崎藤村ゆかりの宿としても有名。藤村が泊った部屋が当時そのままになっていて、その部屋に宿泊が可能なのだ。

 我は藤村にはあまり興味はない(湯河原温泉の「伊藤屋」も藤村ゆかりの宿だけど、宿泊時にほぼスルーしてしまった)けど、本質的にミーハーなので、そういう部屋があるならぜひ泊ってみたいと思ってしまう。

 ということで数か月前にネット予約を試みたことがあった。しかし、おひとり様プランはあるのだが部屋は宿にお任せで、「藤村の間」は選べなくなっている。

 こういう時は宿に電話で直接問い合わせだ。結果、「HPのカレンダ―で藤村の間の予約が空になっている日なら一人でも泊まれる日がありますよ」とのことだった。

 そのときは冬の真っ只中だったので、春を待って改めてお願いする旨を伝えて電話を終えた。とりあえずお一人様でも「藤村の間」に泊まれることがわかれば十分だ。

 そして、、、年度も替わろうとする3月30日、noteの「富士屋旅館」の歴泊記を書きながら、次の予定を考えた。その時点で決まっていたのは4月後半に飛騨に行く予定のみ。ということは富士屋から結構間隔が開いてしまう。そう思い始めると、もうジッとしてはいられない。年初めの「安田屋」のときと同様の渇望である。

 ならば「ますや旅館」へアタックだ。宿HPのカレンダーを見たら、ちょうど4月1日(水)と4月2日(木)にそこだけポッカリと空があるではないか。我的にはどちらでもいいのだが、奥方が還暦で役定のため新年度から異動(転勤)になるそう。まぁ、特に何も起こらないだろうけど、さすがに転勤初日くらいは家で留守番してた方が後々波風立てなくて済むかな。ここは家庭ファーストだ。

 善は急げ⁉「ますや旅館」に電話してみた。直前の平日ということもあり、おひとり様の予約OKとのありがたい返事。「4月2日 藤村の間」を抑えていただいた。ただし、予約はHPからネットを介して行わないとダメだそうで、おひとり様プランの特別仕様で無事ネット予約完了。我の配慮の甲斐あって⁉ 奥方もすんなり了解。なお、HPの予約の手続きでは旅館のご主人にお手数をお掛けしてしまった。感謝。

 さて、出発当日の朝9時。天気は昨夜からの雨は上がり回復基調。荷物を担いで100メートル歩く。雨のお陰で青空駐車の愛車「流星号」は10年モノとは思えないほどピカピカに見える。もちろん洗車は不要だ(嬉)。

 事前にルート確認したところでは静岡から田沢温泉(青木村)まではこのマップ⇩の青い方のコースの予定だ。昨年行った別所温泉の時は「諏訪南IC」で高速道路を下りて下道で行ったけど、今回は青木村最寄りの「麻績IC」まで高速を使う。ちなみに「おみ」って読むんだね。何回も通過したことあるけど知らなかった(恥)。

グーグルマップより

 流星号に乗り込んで、まずはナビの設定だ。調子がイマイチの流星号ナビは「青木村」でなんとか設定できた。新参ナビはピンポイントで「ますや旅館」がゴール。

 準備完了。いざ出発!

 途中、空模様が怪しくなって、霧雨みたくなったけど、その後は晴れ間が広がっていった。休憩は定番の「道の駅なんぶ」、「八ヶ岳PA」。今回はちょっと高速道路が長いので「梓川PA」でも休憩。

「道の駅なんぶ」 10:05

「八ヶ岳PA」11:21
雲が多いけど概ね回復 


小腹が空いたので「職人のフランクロール」なる惣菜パンを頬張りながら八ヶ岳を出発。


 その後も順調。「梓川PA」 12:23

 麻績ICで下りて青木村(田沢温泉)へ向かう。事前のルート予習のお陰で、「エっ⁉ ここを曲がるのッ?」って細い道(裏道)も安心して進める。やっぱり予習って重要だ‼

 峠道を越えて青木村に入ったのは13時を過ぎたころ。流星後の燃料が心もとなくなっていたのでとりあえずGSを探す。キョロキョロしながら進むことしばし。ありました。トイレを借りに車から降りるとちょっと肌寒い。GSのお姉ちゃんに聞いたら「昨日までは暖かだったのに、急に寒くなったんですよ」とのこと。流星号の寒暖計では静岡18度くらいだったけど、こっちは10度未満。そりゃ寒く感じる訳だ。

 肌寒いけど天気は悪くない。ならば事前に寄り道候補にしていた「大法寺」へ行こう。大法寺へはGSからものの数分。案内標識も出てるし、予習もしたから、ナビに頼らず最寄りの第一駐車場にまっしぐら。

大法寺 第一駐車場到着 13:27
三重の塔(国宝)へ向かう

上に見えるのは本堂

石段を上がり本堂の境内を横切って進むと、さらにこの石段


これを上って
手前の受付(無人だった)で拝観料を箱に投入


観音堂

その脇へ

オー、見えた!

桜もほころび
枝垂れ具合もイイ感じ


大法寺 国宝 三重の塔
「みかえりの塔」とも呼ばれている
そのくらい美しいってことらしい
石段を上がり近づいていく




裏側の道を登ってみる
逆光だけど ちょうど
陽が雲で陰り いいアングル

裏側から見下ろす


戻って正面

なるほど美しい塔だ
時期もよかった(嬉)


受付でいただいたリーフレット

以上、大法寺

 寺の駐車場から幹線に出る途中のファミマに寄って、部屋飲み用の缶ビールも調達。今回もヤッホー缶兄弟(青鬼、YONAYONA,君僕)をゲットできた(喜)。

 時刻はまだ14時を過ぎたところ。宿のチェックインは15時からなので、近くの「道の駅あおき」で宿のチェックインは15時からなので時間調整を兼て休憩。


 手打ちそばの幟が出てる。そういえば昼ごはん食べてなかった。時間的に遅いので軽食のつもりだったけど、レストランの覗いたら醬油の甘しょっぱい香りの誘惑に負けて天ぷら蕎麦を頼んでしまった。夕食のときに悔いることになるのだが、それはまた後の話(笑)。 

天ぷらそば 蕎麦はシコシコ 天ぷらサクサク
フキノトウの天ぷら大好き 

「ごちそうさまでした」

食べ終わって、物産コーナーに行ってみた。お酒が並んでる。早くもお土産を買ってしまった(笑)。
5本セットのカップ酒と地ビール缶2本
帰宅後に記念撮影

 田沢温泉は道の駅から車で5分くらい。ますや旅館の前に到着したのは15:00数分前。正面の駐車場に車を止めて、時間まで道を行ったり来たりして外観をパシャリパシャリ。
オーっ! 「千曲川のスケッチ」に
出てくるあの看板だ‼
※文末の「付録2」参照




天気が大分よくなってきた
青空に映える


 15時きっかりに玄関の戸を開けて「こんにちわ」と声を掛けると、女将さんが出て来て迎えてくれた。
 スリッパに履き替えて上がってすぐのロビーの椅子に座り、宿帳に記入してチェックイン完了。そしたらご主人も出て来てくれてご挨拶。予約の際のやりとりのお礼などを申し上げた。

 貸切風呂や食事処などの場所を案内していただいた後、この⇩の階段を上がる。

正面が東館3階「藤村の間」への専用階段
右の戸を開けるとフロント・玄関

女将さんに先導されてワクワクドキドキで「藤村の間」へ。
「藤村の間」の本間
掛かっている書は「藤村」の長男の筆
「父 島崎藤村がこの部屋に、、、」の書き出しで
この部屋のイワレを説明してくれている

 「藤村の間」を一回りしながら女将さんから一通りの口上を聞き終わり、広縁でとりあえず一服だ。

さっきファミマで買ったYONAYONAで乾杯!

 凝った造作はあまりないようだが、時代を経た部屋や窓などの建具そのものが醸し出す味わいは期待以上に滞在を楽しませてくれそうだ。「藤村の間」は後ほどジックリ観察できるので他の客がいない間に館内探索へ行こう。

 その前に、この「ますや旅館」は建物が非常に複雑に配置されている。館内図があるといいのだが手元にはない。ということで、館内図ではないがグーグルマップを借用して建物の配置図(名称入れただけだけど我的には手間暇かけた大作)を作ってみた。

黄色の文字が「ますや旅館」の建物

ということで、第一回 館内探索スタート!

まずは玄関(ロビーからパシャリ)から

ロビー(玄関からパシャリ)

ロビー
一見 雑然としているようだけど
ちゃんと整理され展示になってる

見切れているけど、右の暖簾のとこらから
東館2階の部屋に行けるのかな(多分)


この時計の下の扉を開けると
家族風呂(貸切風呂)への階段

3階に増築したころの写真らしい



昔は2階建てで、こんなだったらしい


ロビーの奥からパシャリ
右に見えるのがフロント
さっき左の椅子・テーブルで記帳した

ロビーから廊下へ出ると
新館へ続く階段が見える
進む
この階段を上る
 1段の高さは10センチくらい
歩道橋の階段より低いかも
さらに上る
2階からもう一つ上がって3階へ

ここは新館(正確には階段棟)の3階
上ってきた階段を見下ろす

3階廊下(階段棟)の窓からの眺め
1階の渡り廊下の屋根(左下)が低く見える

2階へ下りて窓を開けてパシャリ
向こうに見えているのは新館の端
右下は本館からの渡り廊下(1階)

2階から階段を下りて1階へ


階段を下りてすぐ左脇のガラス戸を開けると
さっき3階や2階の窓から見えていた渡り廊下だ

この渡り廊下の最終地点は大浴場
廊下の壁には有名人の色紙が並ぶ
窓枠を見ればわかるとおり、下り勾配
しかも左右にも勾配がある(笑)
途中の廊下の「くの字」曲がりの左側の
格子戸の中は休憩室になっている
位置的にこの一角は新館
新館は元あった蔵を増築して3階にしたらしい
なんかオシャレっぽい
ロッキングチェアもある
さらに奥にはギャラリー風の部屋
確かに蔵を改造したって感じだ

以前にどなたかのSNSの写真で見たときは天井の太い梁が縦横に見えていた。
我的にはその方が雰囲気があったかも⁉


休憩室を出てさらに廊下を進む
鉄製の筋交いがガンバってくれている
この角を左へ

天井がイイ感じ
この奥の突き当りを右折して
またすぐに左折

ここの一区間は床がコンクリートで
重厚な防火扉

数段の階段を上って
右折すれば大浴場への廊下⇩が続く

 でも、先に日本一古い卓球台のある卓球室へ
右折せずにまっすぐ行って左だ

階段を下りる
こんな感じに続いてる

右の戸を開けると卓球室

一番奥の台が日本一古いらしい

さっきの階段のところまで戻る
今度は大浴場の方に向かう

左の障子の部屋は畳の広間
映画などのロケ関係の展示がある
布団もそうなんだろうね(多分)
ちなみにここは新館と大浴場をつなぐ建物


広間を出て廊下に戻り、その先を左折

ゴールの大浴場の暖簾が見えてきた


廊下窓から本館側を臨む

風呂の前の廊下窓から


本館へ戻りながら右下は渡り廊下


今は館内探索の途中
まだ風呂には入らない
廊下を本館側へ戻る

本館に戻ってきた。
この戸を開けると本館の廊下
「藤村の間」へはここ⇩を出て左折

「藤村の間」の階段前に到着

 この階段は3階専用。ちなみに東館は本館(玄関)より一段低い位置に建っている。なので東館2階の部屋は本館1階のロビーと面一レベルのハズ。東館2階にここから行けないとなるとやっぱりさっき見たロビーの脇の暖簾を入ったところが入口だ(多分)。


それでは階段から「藤村の間」をリテイク。

 階段は結構な急勾配で手すりがないとジジイには無理ゲーなヤツ。これで食事を部屋出しすることもあるらしい。女将さん、スゴ‼


東館3階「藤村の間」。
入口にはガラス戸がある。
建付けがヤバくなっているので、開閉にコツがいる(笑)

廊下の天井もイイ
ちなみに右側に「藤村の間」専用のトイレと洗面がある。

ガラス戸から中に入って、踏込みを反時計回りでパシャリ
ちょっと狭いけど、こっちがメインの広縁

踏込みに戻って
右のガラス戸が階段側



踏込みを反対側からパシャリ

踏込みから次の間(控えの間)8畳、
その奥に本間8畳

次の間
布団は最初から敷いてくれてあった
広いからOK

陰影がキレイ


次の間から本間
炬燵のある風景 イイね


本間の座敷飾り  
床の間、付け書院、違い棚のいわゆる
3点セットが揃ってて古いけどリッパ

 でも今回は、座敷飾り以外の造作(年季・味わい)に興味が集中してしまって、床の間などには視線が殆ど行かなかった(笑)

部屋2辺が広縁になってる
(窓は四辺全部にあるんだけどね)
右側の広縁の窓の下は道路と駐車場
愛車「流星号」の姿も見える

本間から次の間

メインの広縁

傾いているように見えるのは
目の錯覚ではない‼
後編に実証動画あり(予告)

これは公道・駐車場側の広縁

広縁(公道側)から本間、次の間

 一通り「藤村の間」を楽しみ終えたところで、そろそろ温泉にいこうかな。浴衣に着替えて出発。この宿には大浴場のほかに貸切風呂が2つある。予約不要で空いていれば入っていいそう。なので先に家族風呂制覇だ。家族風呂は1階ロビーの脇の戸から入って階段を下りる。

 ってことで1階の下だけど、完全に地下って訳でもない。そういえば、この宿の建物はしばしば木造4階建てとしてSNSなどで紹介されてる。でも宿のHPや文化財データベースでは公式には3建て。

 なんでそういう誤解⁉が生まれるかと言えば、敷地に高低差があって、本館や新館の低い側はいわゆる懸け造り(高床)になっているから。その高床(半地下)のスペースが倉庫や貸切風呂になっている(多分)。だから低い方から見ると4階建てに見える。ちなみに「藤村の間」のある東館は懸け造りではなく純粋に3階建て。なので同じ3階建てなのに高さは1階分低い。(後から屋外散策で確認した。)

 さて、脱線してしまったので風呂の話に戻る。階段下りると貸切風呂の扉が2つ並んでいる。
まずは手前の貸切風呂。こっちは2番目にヌルイらしい。
覗いてみる

とりあえずパシャリだけ

もう一つの奥側の方も覗いてみる。こっちは一番ヌルイそう。
では、今日の一番湯はこっちの「一番のヌル湯」から。

身体を洗ってそーっと湯船へ
確かにヌルイ
いや「水風呂」に近い
我には無理ゲーの湯温だ(泣)

早々に退散して隣の2番目のヌル湯へ移動。
こっちは普通にちょっとヌルイって感じ
10分くらい浸かったけど、でもやっぱ物足りない
我はどちらかといえば、やや熱めの湯が好み

大浴場に期待だ(笑)
そそくさと浴衣を羽織って、今度は大移動だ

ロビーから廊下に出て
目に入った電灯盤。
なんでもないんだけど
ついパシャリしてしまう。

ガラス戸を開けて、ここから大浴場へ続く廊下へ

途中の休憩所の棚にあった「ますや旅館」
を紹介した記事

大浴場の手前の廊下窓から本館側をパシャリ

では大浴場 男湯の暖簾をくぐる

もちろん独泉

内風呂 窓の向こうに露天風呂も見える

内風呂はちょうどいい湯加減

カップがあったのでちょっと飲んでみた
玉子(硫黄)の風味
胃腸に効果あるかも

露天風呂にも行ってみる
こっちはちょっとヌル目かも

内風呂に戻ってステップのところで寝湯できる
ポカポカになるまでプカプカ

イイお湯でした‼

 部屋に戻り、ポカポカの勢いで、駐車場側の広縁の窓を開けてちょっと(コワゴワ)身を乗り出して斜向かいの蔵をパシャリ。

この蔵は「ますや旅館東蔵」。これも文化財だ。

これは部屋の窓から見た軒の天井

こち側は「ますや旅館」の
看板がチラリ

 部屋に視線を戻す。柱の鋲(釘隠し)が目に入る。概ねこの意匠で統一されているようだ。

これは炬燵の上の茶菓子

一応ズームでも撮っておく

部屋に置かれていた綴りをめくってみる。さっき見た卓球台のことが記されている。

 卓球映画のことも。



 時刻は18時15分。そろそろかなと思っていたところ部屋の電話が鳴る。夕食だ。
その前にトイレを済ましておこう。
これが「藤村の間」専用トイレ。ウォシュレットだからアリガタイ(嬉)
手前には洗面台もあるんだけど、撮り忘れたみたい(笑)

食事会場は新館の階段の手前のこの暖簾⇩を入った部屋。


衝立で仕切られたボッチ席
スタート時のセットはこんな感じ
お品書きはなく、女将さんが一品一品説明してくれる

飲み物は予め部屋から電話で頼んでおいた
まずは地酒「和田龍」の飲み比べ

濁り酒も2種


蜂の子 初めて食べた
ハチミツ煮

これは茶碗蒸し かぼちゃの餡がかかってる

馬刺しと鯉と鮭

ご飯の上はフキ味噌

 どなたかがSNSの記事で、ますや旅館の料理のことを「田舎料理だと思って侮るなかれ」といった趣旨で書かれていた。確かにいずれの皿も凝っていて頷ける逸品。ちなみにご主人が料理人らしい。

箸袋の展開図


 実はアユの塩焼きも出してくれたけど、お腹いっぱいで明日の朝食に持ち越し。
 デザートもしばしペンディング。女将さんが後から部屋に運んでくれるそう。恐縮。

 いつになく食べきれなかった原因は明らかに昼が遅かったせいだ。特に天ぷらが効いた(笑)。まぁ、「未必の故意⁉」みたいなもんだからシャアナイ。

でも、美味しかった。
「ごちそうさまでした」

 時刻は19時半。食事の部屋を出て、腹ごなしを兼て夜の館内探索と屋外で夕景撮影会だ!


つづく


【付録1】

我とGemini先生との間で、「ますや旅館」のイワレや建築、島崎藤村との関わりについて問答した結果を同先生に整理してもらったので備忘として残しておく(笑)。

ますや旅館の「イワレ」について、庄屋としてのルーツから島崎藤村との関わりまで、現地の構造と照らし合わせながら整理しました。

結論から言うと、ますや旅館は単なる古い宿ではなく、「江戸時代からの地域の顔」が、明治の近代化とともに「文豪も愛する超モダンな三階建て建築」へと脱皮した姿と言えます。

1. 庄屋としてのルーツ(江戸以前〜明治元年の創業)

ますや旅館の前身は、江戸時代からこの地で代々続いてきた**「庄屋(しょうや)」**です。

田沢温泉自体が飛鳥時代からの歴史を持つ古湯(子宝の湯)であり、その中心的な役割を担っていた一族でした。

• 創業は1868年(明治元年):

明治に入り、庄屋としての役割から本格的な旅館業へと舵を切りました。

• 「ますや」の名の由来:

かつては「枡屋」と書き、庄屋として年貢米を計る「枡(ます)」を管理していた、あるいはその屋号を持っていたことに由来すると言われています。

2. 島崎藤村と「高楼」の物語

CocoNutsさんもご存知の通り、ここは島崎藤村ゆかりの宿ですが、その滞在には当時の「ますや」の先見性が関わっています。

• 『千曲川のスケッチ』の舞台:

明治32年から約7年間、小諸義塾で教鞭を執っていた藤村は、心身の休息のためにこの宿を訪れました。

• 藤村を惹きつけた「新しさ」:

当時の「ますや」は、明治の建築ラッシュの中にありました。藤村が泊まったとされる「高楼」やその他の三階建ては、当時の山あいの温泉地としては驚天動地の高層建築だったはずです。

古い庄屋の血筋でありながら、最新の木造3階建てを次々と建て並べるその進取の気性が、新しい文学を志していた若き藤村の感性と共鳴したのかもしれません。

3. 斜面が生んだ「建築の階層」と「もてなし」

先ほどCocoNutsさんが仰っていた「下層(東館)から見ると4階建てに見える」という構造も、庄屋時代の敷地の使い方が影響している可能性があります。

• 接客空間の階層化:

かつての庄屋屋敷は、公的な空間(役宅)と私的な空間が厳格に分けられていました。旅館になってからも、斜面の下側に管理部門や風呂を置き、上層(見晴らしの良い3階部分)を格の高い客室にするという配置は、**「地形を利用したおもてなしのゾーニング」**の結果と言えます。

• 家族風呂や卓球室の「1階の下」:

これらは、かつての庄屋屋敷の基壇(土台部分)や、斜面を切り開いて作った空間を有効活用している証拠です。純然たる地下ではない「半地下」のような造りは、風通しを重んじる日本の伝統建築と、傾斜地ならではの知恵が混ざり合った、ますや旅館独自のイワレ(物語)そのものですね。

江戸時代の「地域の守り手(庄屋)」としての重厚さと、明治時代の「観光のパイオニア」としての華やかさ。その両方が、あの複雑な階段構造や「見かけの4階建て」の中に封じ込められている……そう考えると、あの迷宮のような館内を歩くのがより一層味わい深くなりそうです。



【付録2】 島崎藤村「千曲川のスケッチ」※ますや旅館の下り抄

 以下、青空文庫(パブリックドメイン)から借用




【参考】文化財データベース(文化庁) 「ますや旅館」文化財 その他の3棟
 



 **   **   **


 とりあえず出前に雨が上がってよかったね、ご主人💓 ルート予習の効果もあったし。「ますや旅館」は聞きしに勝る建築みたいだね。まさにご主人好みで、史上最高かもね⁉
夕食食べきれなかったのはちょっと残念だったけど。
夜はこれから、夜景撮影も楽しみ。暗いから気を付けてね💓

👀画像の引用は本文記載の通り
その他の画像は滞在時に撮影







温泉ひとりたび日記 第16回  信州田沢温泉「ますや旅館」2026.4. 2 - 3 (前編)

    こんにちは。ナッツとココです。  今回は信州田沢温泉「ますや旅館」だよ。島崎藤村ゆかりの宿なんだって。  でも、ご主人は藤村にはほとんど興味ないよね。前に泊まった湯河原温泉の「伊藤屋」も藤村ゆかりの宿だったんだけど完全スルーだったし。  まぁ、文化財の建物と温泉が目的だか...