2025/12/29

第2回「喜び のち 不安」 ~ アラフィフおじさんの 「イギリス留学記」~ 2011年(当時49歳)の回顧譚

 こんにちは♪ ナッツで〜す。ココでーす。

 先日から始まったご主人がアラフィフだったころのイギリス留学記の第2回。

 留学応募試験に合格して、喜んでいるようだけど、それだけでもないみたいだね。

 詳しくは以下のご主人の回顧録読んでね💓


     ***  ***  ***  

 第2回「喜び のち 不安」


 ダメだと思っていたところ大逆転の合格! 「嬉しいけど、我のような者がホントにいいのかなー」と思いつつ、その日は早々に帰宅して奥方と息子に報告。もちろん一緒に喜んでくれた。

 翌朝出勤すると職場のパソコンに人事担当部署から留学に関するメールが届いていた。開封すると留学先に関する意向調書。実は、この留学には留学先と留学期間の選択肢があるのだ。今回の応募にあたり希望を書いて出していたが、その再確認というこらしい。変更の意向も書ける。

 ちなみに選択肢にはなんと「スタンフォード大学 特別研究生(1~2年)」もあった。

 世界の大学の中でも5本の指に入るような学校だ。どういう伝手でそんなすごい大学に留学させてもらえるのか謎だけど、我には関係のない選択肢だ。そんな大それた希望を出そうものなら、ただでさえ危うい合格可能性が「D」判定必至だ(笑)。

※写真は本文に関係なく、我が絶賛したい本。
「中学英語の基本が理解できれば、英語が使
える人になる」ってことがよくわかる。
まさに「目からウロコ」間違いなし。

 記憶が曖昧だが、その他の選択肢にはイギリス(ロンドン)の公的法人への派遣(1~2年)というのもあった。我の場合、年齢と能力を考えれば、年単位の長期は論外。ということで応募時の希望はイギリス(バーミンガム大学)への3か月短期留学。Sさんが行ったアメリカの大学とどっちがいいか悩んだが、なんとなくイギリスの方が我に合っていそうな感じがしてイギリスを選択。ちなみにプレミアリーグ好きっていう背景が一番大きかったりする(笑)。

 正直を言うと、大それた大学も一瞬夢見た。が、即、我に返って、「希望に変更なし」でメール返信。これで「イギリス バーミンガム大学」に来年(2011)の夏~秋に留学決定(仮)だ。

 数日後、人事部署からメールが届いた。我の希望は受け入れられたようだ。合わせて、今年(2010年)留学した、いわば先輩を紹介してくれた。早速先輩に挨拶を兼ねてメールを送信。留学経験をレクチャーしてもらう都合などを相談。

 ちなみにこの先輩(男)は我よりも一回り以上若く、行動力があり、能力も高そう。どう考えても我よりも優秀で将来性があるって感じだ。

 後日、先輩からいろいろ教えていただいた。資料もたくさんいただいた。

 このレクチャー後の感想を一言でいえば「先輩にはいい経験だったことや、楽しかったことは分かった。我もそうなりたい。でも、それよりも、その裏に見え隠れする不安の材料の方が山盛りであることに気づいてしまった」。

 我には不安しかないって感じだ。今更だけど、ど~しよう!


   つづく





2025/12/28

第1回「決意」 ~ アラフィフおじさんの 「イギリス留学記」~ 2011年(当時49歳)の回顧譚


 こんにちは♪ ナッツで〜す。ココでーす。今回から、昔ご主人が海外留学に行ったときのことを思い出しながらシリーズで書くことにしたらしいよ❤️ 
 そういえば、そんなこともあったねー。僕たちは置いていかれて、奥方が面倒見てくれたんだっけねー。
 まぁ、ご主人にはいい思い出なんだろうから忘れないうちに書いておくのはいいことだと思うよ💓

 以下、ご主人の回顧録。

     ***  ***  ***  

 第1回「決意」

 実は、、、でもないけど我には海外留学経験がある。それも50歳間近になってからである。今思えば、「その歳でよく行ったな」と言うより「よく、行かせてもらえたな」ってな感じの留学ではあるが、我の数少ない、自慢の思い出である。

 折角ブログをやっているので、忘れないうちに「思い出ばなし」として書いておこうと思った次第。(一気には書き上げられないので、時々、ちびちびと書く予定)


では、早速、、、


 若いころは海外旅行が好きで、あの「地球の歩き方」っていう旅行ガイド本を片手にいろいろ行った。

 初めての海外旅行は中国。大学の卒業旅行。就職を控えた1985年の冬だった。「地球の歩き方」の創刊が79年だからブームに火が着き始めたころだ。お金はバイトでなんとかかき集めた。ヨーロッパとかアメリカなどへ行く連中もいたけど、そっち方面は気おくれがした。そもそもお金が足りなかったし(笑)。

 大学の友人と二人で香港から中国に入り、1か月近く放浪のような旅をした。中国との国交回復(声明)が1972年(正式な友好条約は78年)で、日本と比較しても、中国の近代化は相当に遅れていた。今からでは想像もできないような食事や交通、宿泊事情で大変な旅だった。「これはヤバい。死ぬかも」と思ったトラブルも数回はあった(笑)。そのあたりは、また別の機会に書いてみたい。

 さて、そんな中国の旅を皮切りに、往復航空券と到着当日のみの宿泊付きのパッケージをよく利用した。現地に着いてから翌日の宿を確保しながらの旅行である。今の奥方ともロンドン観光やカナディアンロッキーにスキーに行ったこともある。結婚前だったから、「旅行中にケンカでもしてたら今の生活はなかったんだろうな。」なんて思いだしたりする(笑)。

 当時はスマホやPCはなく、手配はすべてアナログである。大変だがその分楽しかった。とりあえず困らない程度にはブロークンイングリッシュってやつを話せたということだ。

 こどもができて家族中心の旅行になってからは、安全第一で普通のツアーに参加することが多くなった。でも、できるだけ現地でフリーになれるのを選んだけどね。(写真は息子の海外旅行デビューのケアンズ)

 そんなこんなで、英語をもっと話せるようになりたいなと常々思いながらも月日は過ぎた。既に40歳を過ぎたころであるが、たまたま「外国人を相手にする仕事」を担当することになった。我の拙い英語でなんとか通じるものの自分の語学力のなさを痛感した。これを機に、遅まきながら英語の勉強を再開したのだった。今振り返ると、「よく頑張ったね」と自分を褒めてあげたい(笑)。

 そのころ、所属は違うけど、やはり外国人を相手に仕事しているSさんから、「アメリカに短期の留学に行ってきた」という話を聞いた。「希望してみれば?」とも勧められた。

 「へー、行けるんだー」。なら、「我も行きたい!」。しかし、仕事(能力向上)のために留学させてもらうんだから条件はそれなりにある。TOEIC750点以上で、現在及び将来の仕事上の目標・目的が具体的であることだ。

 「英語の勉強も始めたし、やってみるか!」。アルクのTOEIC講座を受けながら、TOEIC試験も受けてみた。最初は500点かそこらだったが、2年ほどコツコツとやりながら目標の800点を取ることができた。TOEICテストは2時間の集中力が必要。アラフィフおじさんには体力的にエライ(キツイ)のだ!ゆえに800点は偉いのだ(自画自賛で恐縮)!

 なお、その上のARCの900点コースの野望は無謀だった。途中で無理ゲーであると悟った(笑)。

 さて、800点とったものの、残念なことに担当する仕事が外国人と関わらない部署に変わってしまったため、留学を希望する機会を失っていた(結構ショックだった。哀れ!)。

 さらに数年を経て、職場が移り、以前とは異なるが、再び外国人の学生を相手にする仕事が回ってきた。その仕事の前任者は奥さんが英語圏のネイティブの人。そんな御仁の後任になぜ我がとも思ったが、多分あの800点が効いたのだろう(嬉)。


 「我の年齢はもう50歳目前。でも行けるなら、行きたい! 多分、これが最後のチャンスだ」。海外留学の募集は年に1回。採用は数名。その案内が来るのを待って、奥方と息子に我の野望を告げると意外にあっさり承諾してくれた。まぁ、我の日頃の努力を知っていたからだろうね(笑)。

 特に奥方には迷惑かけることになるけど、感謝しかない。ちなみに、一人息子も高校生。大学受験も控えている。「おやじ、やるじゃん、見直した」って思わせたい、そんな魂胆もあった(笑)。翌日、早速申し込んだ。

 さて、応募条件のうち、TOEICの点数はクリアしている。問題は留学の目的・将来の目標だ。「留学に行かせてもらえたら、仕事でどのくらいメリット・恩を返せるか」を訴えなければならない。この年齢だから、将来の目標なんか言ってもしゃあないし、できない。ならばウソでも目下の仕事上の目的を訴えるしかない(嘘はダメだけど、誇大表現はあり⁉)。事前の書類や面接試験でもその作戦で通した。

 特に面接試験では「もっと若い人に留学の機会を譲ろうとは思わないんですか?」とか「その歳で、あなたにとってのメリットではなく、職場にとってのメリットがあるんですか?」などと手厳しい質問を受けた。

 「うるさいなー。歳、とし、トシって、そんな何回も言わなくてもイイじゃないか。歳なのはわかってるよ!」と心の中では強気に反論。でも、当然の質問だし、想定もしてた。とは言え、面と向かって聞かれるとやはりプレッシャーで冷や汗を流しながら、何とか切り抜けた。というか時間切れ(笑)。

 別の日には英語を使った面接も受けた。流暢には話せないのは承知している。しかし、我ながら「やっちまったなー」的な応答しかできなかった。答えようにも同じようなフレーズしか頭に浮かんでこないんだからしゃあないのだ。10分程度の面接時間を数時間にも感じながら緊張に耐えて終えた。これまた時間切れ作戦(笑)

 試験後、「こりゃダメだな」と思っていたら、なんと合格しちゃったのだ。「エーっ!」である。どうやら希望者(受験者)が少なかったらしい。

 ヤッター!! とりあえず、喜んだ(笑)


 つづく


























2025/12/24

CocoNuts、「トラベルライター」を名乗る! ことにする。

 こんにちは♪ ナッツで〜す。ココでーす。さっそくだけど、ご主人、何か変なこと言ってるみたい。まぁ、いつもの妄想癖なんじゃない。今回は文字にしてるから、なかなか具体的な妄想みたいだけど。
 自分でも脳内シミュレーションとか言ってるからね。害はなさそうだからいいんじゃない。でも、ご主人、ほどほどにね❤️

 以下、ご主人の妄想。

     ***  ***  ***  


 「今、何やってるの?」と聞かれることがよくある。
 まぁ、退職後は気ままに暮らしているから胸を張って言えるようなことは何もしてない。でも、「特に何もやってない」って正直に言うのもクヤシイ。

 数年はFXなどをやって、それなりに儲けさせてもらったから「投資家やってるよ」ってカッコよく答えたときもあった。けど、今はリスキーな投資はやめた。

 それ以降の生活を説明調に言えば、「専業主夫で、日常的な趣味はアニメとゲーム。アンチエイジングのため1日90分程度はおうちジムで運動もしている。ちょっとヤバげな持病があるが、禁酒は無理ゲー。晩酌はほぼ欠かさない。時々飲み仲間とお酒とカラオケ。月一で温泉旅行に行って体験記をnoteやブログに書いている。」
今年1年は概ねそんな感じだ。

 でも、そんな言い方で答えても面白くない。
 ということで、今後はインパクトのありそうな部分を切り取って「トラベルライター」を名乗ろうと思う(笑)。一応、実績1年あるし。

 そうすると、多分、「何書いてるの?」と聞かれだろう。
 その答えは、
「読んでみる? だったら、noteの「文化財に泊まりたい。」って言うタイトルで書いてるから読んでみて。内容は文化財になってる温泉旅館やホテルの宿泊体験記。旅の行きから帰りまで完全ノンフィクション。脚色なし。旅先で感じたことや旅行以外の日常の生活のことにも触れているから、私小説(恥)とかエッセイ的な内容も含んでいる。読みごたえはあると思う。ちなみにAIのGeminiさんとかChatGPTさんの評価はすこぶるイイんだよ。」なんてね。

 すると、その次は「フーン。そうなんだ。それで売れてるの?」とか「儲かるの?」と聞かれること必至。

 答えは「世のため人のため、特に自分のため、無償で公表している。だから売れてるとか、儲かっているとかっていうのはない。ただ、少なくとも読んでくれて「イイね」とか「スキ」と言ってくれる人はそれなりにいるよ。noteなら有料化しようと思えば簡単にできるけど、その気はないよ。お金には興味ないからね。」とでもしとこうかな(笑)。


 以上、2026年に向けた脳内シミュレーション!


見出し画像

 





 


2025/12/23

温泉ひとりたび日記 第11回「下呂温泉 湯之島館」2025.12. 4 - 5 (後編)

 こんにちは。ナッツで~す。 ココで~す。
今回は下呂温泉の最終回(多分)。願い通りのうっすらとした雪化粧。帰りの車の憂いもなくなってよかったねー💕
この後は朝風呂と朝食。ご主人のことだから、当然、屋外の雪景色撮影会やるよね、きっと💓
風邪ひかないようにね、ご主人💘


 フォトギャラリーもみてね!

 * * *    * * *  

下呂温泉 「湯之島館」 (後編)
~ 白い花びら? 雪中の館と雪見の露天風呂 ~

 
さあ、温泉だー。帰りの車の憂いが消えて絶好チョー!
大浴場は2つ。時間で男女入れ替え式。昨日は手前(赤暖簾)の方に入った。今朝は奥(青暖簾)の方だ。

 階段を下って更に奥に進んで脱衣室に到着。だれもいない。脱衣カゴも全部空っぽ。ヤッターっ!独泉必至。

 昨夜は貸切風呂を3つ制覇(1つは使用不可だからしゃあない)。今からこの風呂(内湯と露天風呂)に入れば全部入ったことになる。完湯だー!

 昨日入った方の内湯のガラス窓は下が曇りガラス(目隠し)になっていてたが、こっちの内湯は全面クリア。視界が広くてよく見える。(この画像はHPから借用)






 窓一面に雪景色が広がる。絶景だ。さすが展望風呂。(浴室は撮影禁止につき、この画像はあとから展望台で撮ったもの。風呂からの眺望もこんな感じ。)

 身体が温まったところで露天風呂へレッツゴー!




 露天風呂に行く扉を開けたら階段になってる。結構急な階段を全裸で上る(笑)。登りきったところにあるもう一つの扉を開けると石で囲まれた露天風呂だ。

 当日はこの写真のような青空じゃないし、赤い花も咲いていない。(この画像もHPから借用)
 その代わりに、ひらりひらりと「白い花びら」が舞っていた。そう雪だ。雪見風呂だー。
 若いころはスキーに行って、温泉に入って雪見っていうことも珍しくなかったが、少なくともここ十数年はなかった。

 しかも独泉。絶景も独占。昨夜は貸切風呂で満足してしまったので、露天風呂で雪見って考えが浮かばなかった。そもそも今回の旅で雪見風呂を期待してなかったのでチョー感激だ!

 もちろんテンション上がって歓喜の歌を熱唱した(嬉)。ハマショーを2,3曲歌い終えたころあいで誰かが入ってくる気配。しゃあない。独演会は終了。でも満足。

 階段を下りて、内湯に戻ると数人のお客さんが静かに入ってる。我も身体が茹で上がるのを静かに待つ。ポカポカになったところで、次は雪の舞う屋外撮影の決行だーっ!
 早足で部屋に戻って着替えて防寒。速攻で玄関に向かう。


玄関辺りはあまり雪がない
駐車場脇の高木の梢は雪を乗せている

我が「301 松虫」の部屋を見上げる

テンション上がっているから

何枚も同じような写真(笑)

動画も必須 ⇩


右上に見える部屋は我が「松虫」


寒いので玄関に、そして部屋へ戻る

折角の窓からの雪景色。
これを背景に室内の記念撮影。
この部屋はなんといっても
眺望がサイコーだ!



 本間の灯りを消し、次の間の照明をつけてパシャリしたところ、なんか幻想的な色の写真に仕上がった。どうも我のスマホのカメラは窓の弱い光を青を強調してとらえることが多い。まぁ、それはそれで悪くないんだけどね。

次の間から本間を臨む

青色が幻想的

 時刻はもうすぐ8時。朝食は7時から8時半までの間に景山荘8階の会場のに出向くことになっている。そろそろ行った方がいいかな。

景山荘に向かう4階廊下の窓から
なかなかいい眺め

8階到着。おー、出迎えご苦労。
右のテーブルにコーヒーサービス
帰りにもらっていこう

朝食会場は大広間
こっち側にはもう誰もいないけど
反対側にはそれなりにお客さん

朝食はこんな感じ
ご飯と味噌汁のほか、数品がセルフで
お代わり自由になってる

お粥もあったけど、
やっぱり普通の米が美味しい。
3杯いただいた。
「ごちそうさまでした」


 部屋に戻って持ち帰ったコーヒーをすすりながら、「さて、どうしようかな」。
 時刻は8時30分過ぎたところだ。そういえば、夕べ雪が心配で何度も起きた記憶があるけど、意外に眠さとか疲れは感じてないなー。帰りもそれなりの長距離ドライブだから睡眠不足は大敵だ。スマホで睡眠アプリを開いてみる。


 あれっ、意外の意外。確かに3回起きているけど、睡眠の質はなんと「良好」でスコアも86点もとっているではないか。平均は81点くらいだから大きく上回ってる。よく眠れているってことだ(嬉)。

 ならば、頭スッキリで身体は元気なハズ。まだスタンプラリーのスポットにもなってる展望台も行ってないし、会議室とか末広の間も見てない。スタンプラリーのコンプリートはもうあきらめたけどね。
 それじゃあ、館内探索を再開しよう。(館内マップ再掲)
 ついでに支払いも済ましちゃおう。

 フロントに行くと、昨日ここに到着したとき「エーっ、ノーマルタイヤで来たの―⁉」って驚いてたオジサンが玄関にいた。
 我の顔を見るなり、「お客さん、よかったねー。道路には雪積もってないよ。坂の下まで見に行ってきたから大丈夫だよ。」ってニコニコしながら報告してくれた。(実際はタメ口調ではなかったと思うけど、こんな雰囲気の会話だった記憶。ちなみに我は最近ヒゲ面にしているので、顔を覚えてもらいやすくなったかも😛)
「心配してくれてありがとう。一緒に喜んでくれてありがとう、オジサン💙」(「ありがとう」以外は心の声)

雪景色が映えるラウンジの窓

ロビーも覗いてみる
ロビーの格子窓から
「流星号」(一番左の黒)が見える

渡り廊下から見える雪の庭

3階に上がって展望台と末広の間へ向かう
途中の廊下の窓から


 構造が複雑すぎてどこの棟かわかりにくいけど正面が末広棟だ(多分)。この先の廊下を右に折れると広間「末広の間」と展望台があるはず。

ありました「末広の間」

オーッ、立派な大広間 大きな床の間もある

木造でここまでの大空間
 オミゴト!
こっちの棟は
文化財になっていないけど
どうしてかな。

欄間も大広間らしくダイナミック

温泉街を臨む眺望もイイ

こっちは中庭と本館

末広の間を出て、その先が展望台

いい眺望だけど、、、感動は薄いかも(写真再掲)
すでに十分観た(笑)

写真左:この先は行かなかったので不明
右:本館側にちょっと戻って階段を上ると
クラブのところに出る。

クラブと社交室の前を抜けて
さらに階段を上がったところが会議室だ。

 クラブのおねえさんが「店内は客船を模した」って言ってたけど、クラブに限らず
娯楽棟にはオシャレな丸窓が多い。

会議室の中に入ってみる

リッパなマントルピース

その先の扉を開けると
サンルームだ

窓から下を覗いてみる
足湯が見える。左の白い階段は
本館エレベーターホールだ。
えーッ!
こんな位置関係だったんかいな⁉
脳がバグるーッ!!

 時間は9時を少し回ったところ。風呂は10時までで、チェックアウトは11時までなのでありがたい。ならば、こんな雪見できる機会なかなかない。もう一度、露天風呂に入ろうかな。 

 風呂には先客が数人。内湯には浸からず、そのまま階段を上がって露天へ直行。 扉を開けて露天風呂にザブン。結構降ってる。でも静か。(写真はHPより)

 朝一で入った時は小さな花びらで舞い散る桜って感じだった。
 今度のは花びらが大きい。ボタン雪っていうやつかな。文字通り白いボタンの花びらが空からひらひらと舞い落ちる感じだ。やっぱり、雪見風呂サイコー!
 ゆっくり浸かっていたいところだけど、積もったら大変。早く帰った方がよさそうだ。

部屋に戻って窓を見ると大降りの雪 ⇩
こりゃ大変、急ごう
鼻息が荒くなってる(笑)

まぁ、そんなに積もりそうな雪じゃないんだけどね。

 帰り支度を急ぎ、荷物を抱えてフロントへ。支払い済みだから鍵のみ返却。お世話になりました。あのオジサンが玄関で見送ってくれた。

 ナビを自宅にセット。寄り道の予定はないから昨日来た道をそのまま戻る予定。さあ、安全運転で帰ろう。
 下り坂はちょっと湿っているようだけど問題なし。途中のGSで念のため給油。最近ちょっと値段が下がった(嬉)。
 ドライブ再開。温泉街を抜けてナビの案内どおり幹線道路に合流。

 ところが、その先の橋の手前の分岐でやらかしてしまった。サングラスをかけていたものだから、ナビの画面のルートの色を見誤ってしまったのだ。

 本当は直進で中津川市街に向かうべきところ、ナビの「右折」の音声案内がなかったにもかかわらず、右にハンドルを切ってしまった。
 一瞬「あれっ、おかしいな」とは思ったけど、そのまま橋を渡り終え、「関方面」となっている標識を見てやっと間違いに気づいた。トホホなのだ。

 まぁ、間違いと言っても、2ルートあるうちのもう一つの方。美濃加茂経由のコース(画像はグーグルマップより)になっただけだ。
 ならいいや。距離も時間もそんなに変わらないハズ。ということで、潔くルートを変更した次第(笑)。
 まぁ、最近の我にはこの程度のことは「アルアル」だ。もはやトラブルとも思わないくらいだ。笑うしかない。

 そこからは川沿いの道がしばらく続く。雪はもうそんなに降ってない。まだ山合いの道が続くので油断はできないけど。
 途中から、ちょうどいい速度の車が前を走ってくれている。いいペースメーカーだ。我の後ろにも車がついてるが、先頭じゃないから煽られても安心だ(笑)。

 その後は順調。ナビの案内の通りドライブ。概ね見込み通りの時間にIC入口に到着できた。途中の道路案内表示にも出てたけど、飛騨方面はチェーン規制になってるらしい。よかった。 
 
 下呂のGSで給油して以降は1時間半くらい運転しっぱなしだったので、ちょっとお疲れ気味。早々に休憩タイム。

美濃加茂SA 時刻11:50
何か食べたいなと思ったら、もう昼だ。
いろいろ店が並んでる。

ちょっと悩んで「飛騨牛まん」を選択。
うまそうに写るよう割ったけど失敗(泣)
でも、ホッカホカで、美味しい(嬉)

新東名 NEOPASA岡崎 時刻13:00

 新東名には「PAなのか? SAなのか?」って名前の休憩施設が多いけど、実際にPAでもSAでもない、新しいコンセプトで造られたのだそう。(noteのどなたかの記事で教えていただいたウンチク)

 岡崎を出て、ドライブは順調。車には何の異常を感じなかったのだが、突然、「何? このマーク?」。
 なんかヤバそうなマーク。(左のタコメーターの下の方に黄色の警告灯が点灯)

 もうすぐ浜松。岡崎を出てちょうど1時間だ。「NEOPASA浜松」の駐車場に車を止めて、車のトリセツを確認。どうやらエンジンの異常を検出したときに出るマークの様だ。
 トリセツには「高速の運転はしないでください。」と書いてある。「そう言われてもねー」の状況である。

 10年くらい前、エンジントラブルで怖い思いをした経験を思い出す。しかも2回もあるのだ。1回目は高速を下りて、信号待ちで止まったら、アクセル踏んでも歩く速度くらいしか出なくなってしまった。多分セルモーターで何とか前進したって感じだ。交差点のど真ん中で、分離帯の脇に止めて警察に電話してパトに来てもらった。レッカーも呼んで、車と自分を運んでもらったり、いろいろ大変だった。

 2回目も高速を下りて信号待ちしたときだった。その時は普通の2車線道路だったけど、後ろのトラックにめちゃくちゃクラクションを鳴らされて、そっちの方が怖かった(笑)。事故にならなかったから笑って話せるけど、運が悪ければ大事故になりかねないのだ。
  
 さて、どうしよう。ここからは我が家まで通常なら約1時間の距離。いつダメになっても路側帯に止められるよう、ゆっくり走るしかないか。ってことで、時速70キロくらいで、エンジン吹かさないようビビリながらチョー安全運転でなんとか我が家に帰還。(よい子はマネしない方がいいかもよ。)

 速攻でディーラーに電話。なんたって、先日車検を受けたばかりなんだからねー(プンプン)。電話でエンジニアさんと相談して明日持ち込んで見てもらうことに。そこでコンピューターチェックしないと原因がわからないんだそう。

 ちなみに翌日エンジンのエラーは無事解消された。原因はエンジンの空気の取り込みが悪くなっていたらしい。運転中にエンジンが止まるかもっていう、あのヤバいエラーだったのである。念のため部品の交換を勧められた。無償でやってくれるそうだ。まぁ、当然だよね、車検直後なんだから。部品は取り寄せとのことで数日後再ドック入り。その後は快調に走ってくれてる。「流星号、健在だー!」

今回の戦利品はコレ
写真はないけど「五平餅」も買った。
家事やってる時間がなかったから
夕飯にちょうどよかった(笑)


(完)

 * * *   * * *   


 事故にならないでよかったねー。
前にもエンジントラブルあったよねー。
別の車だけど。
そのときは車買い替えた。
これでまた「流星号」でお出かけできるね。
ナビも新しいの加えたばかりだしね。
とにかく、よかったね、ご主人💓
 
 
👀画像の引用は本文記載の通り
その他の画像は滞在時に撮影



温泉かぞくたび日記 伊良湖温泉 和味の宿「角上楼」2026.1. 23 - 24 (中編)

 こんにちは。ナッツとココで~す💕  今回も 伊良湖温泉「角上楼」の続き。  いよいよ宿の中に入れるね。ちなみにこの界隈は昔は花街、いわゆる遊郭街だったんだって。  もちろん今は住宅街の中って感じで、そんな雰囲気はまったくないけど、この角上楼や井筒楼はその遊郭文化を色濃く残した...